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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)75号 判決 1962年11月27日

原告 米原健次

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和二九年抗告審判第六七五号事件について昭和三三年一〇月二一日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、原告は、昭和二七年五月二九日、その考案にかかる「靴下止用金具」について実用新案登録を出願したところ、昭和二七年実用新案登録願第一三六〇五号として審査の結果、昭和二九年三月二四日拒絶査定を受けたので、同年四月一〇日これに不服の抗告審判を請求し、同年抗告審判第六七五号として特許庁に係属したが、特許庁は昭和三一年二月七日、右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をした。

そこで、原告は同年三月二二日東京高等裁判所に右審決取消訴訟を同裁判所昭和三一年(行ナ)第八号事件として提起したところ、昭和三三年二月二七日にいたり、同裁判所において、右審決を取り消す旨の判決が言い渡された。

しかるに、特許庁は、昭和三三年一〇月二一日、前審決に示された拒絶理由と異なる理由をもつて、再度原告の前記抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その審決の謄本は同年一一月八日原告に送達された。

二、右審決は、昭和一〇年一二月三日に特許局陳列館に受入れられた刊行物である英国特許第四三三五一一号明細書を引用し、本件出願の要旨とする構造と右明細書中クレーム四によつて表現され、クレーム一を限定した実施例の構造(以下引用例の構造とよぶ。)とを比べてみると、両者は「細長い金属薄鈑製であつて、下辺を平板状にし、下辺の端部を折曲げて下辺より突出させ、下辺と連続して弯曲した上辺を連設し、上辺の端部を下辺に向わせたところの繊維製品挟止用金具」である点において全く一致し、(イ)用途において引用例のものが織物用であるのに対して本件出願のものは靴下用である点、(ロ)引用例のものが特に支点dを有するものであるのに対して、本件出願のものは支点についてなんら考慮されていない点、(ハ)本件出願のものでは下辺の端部に掛止片を単に下辺より突出形成させたのに対して、引用例のものでは部分fおよび部分eの二つの部分から形成させ、部分eを部分fに対して直角にした点、の三点において相違するが、右相違点については、(イ)用途の相異であるが、同じく繊維製品の挟止用である点において変りがなく、(ロ)本件出願のものでは特に支点についての記載がないが、使用に際しては先端を下方に押し下げて弯曲部をさらに曲げるものであるから、当然その部分内のどこかに支点が存在しているものであると考えられ、そうすると引用例のものと本件出願のものとの間の支点の有無は格別作用効果に影響のない構造の微差であり、また、(ハ)引用例のものでは繊維に対する掛止状態を充分なものにするため特に爪部分eを形成したものであつて、本件出願の掛止片に比べればその作用がさらに確実なものであるが、特別な作用効果を必要とするために特に設けられたものがあつた場合に、その特別な作用効果の必要がない場合に特に設けられたものを取除くことは、技術者であれば当然考えることであるから、そうして見ると底辺の端部における両者の差異に考案の存在は認められず、結局本件出願の実用新案は、引用刊行物に容易に実施できる程度に記載されたものと全体として類似するものであるから、旧実用新案法(昭和三四年法律第一二四号により廃止された大正一〇年法律第九七号をいう。以下同じ。)第三条第二号の規定により、この出願は同法第一条の登録要件を具備していない、としたものである。

三、しかし、本件考案による靴下止金具と右引用例に記載された特許発明とは、構造、効果および作用を異にし、したがつて、本件考案は右引用刊行物に容易に実施できる程度に記載されたものとは全体として類似するものとは解しがたいから、審決が本件考案を旧実用新案法第一条に規定する登録要件を具備しないものとして、本件出願を排斥したことは不当であつて、右審決は違法として取り消さるべきである。

以下に審決の判断が不当であるゆえんを述べる。

(一)  まず、審決は、本件考案の要旨とする構造と引用例の構造とを比べてみて、「両者は『細長い金属薄鈑製であつて、下辺を平板状にし、下辺の端部を折曲げて下辺より突出させ、下辺と連続して弯曲した上辺を連設し、上辺の端部を下辺に向わせたところの繊維製品挟止用金具』である点において全く一致している。」と判断したが、引用例の構造は、「掴もうとする物品の中へ喰込むため、クランプの開口の中へ突出している爪部すなわち耳eを有する下腕aと、物品を掴むように後端を折目dにして折曲できる如く適合された上腕bとからなる織物のための非弾性で曲げることのできるクランプにおいて、上腕bの支点すなわちクランプの頂点が、上腕bと下腕aとを連接する弯曲された中間部cの挿入によつて、下腕aの最下点の上方に配置されるとともに、耳eを設けた下腕aの自由端e・fが弯曲してあることを特徴とするクランプの構造」にかかることは、前記英国特許明細書のクレーム一およびクレーム四の記載と添付図面とに徴し明らかであつて、本件審決理由の前記判断に先き立つ部分において「クレーム4によつて表現されたクレーム1を限定した実施例の構造は結局第1、2図に図示されたものにおいて、中間部c及び下肢aの自由端を各弯曲させたもの、即ち第4、5図の構造において補強リブr全体を取り除いて全体を平板とした構造である。」と説示されていることによつても、引用例の構造は「第1、2図に図示されたものにおいて」と限定し、これにいわゆる「弯曲部」をつけ加えたものであることに相違はない。

してみると、審決の前記判断は、これに先き立つ審決の右認定にも反するものであつて、結局引用例と本件考案との要旨を、自己の解釈に適するよう任意に取捨按配して、両者の類似点とおぼしきものだけを、ことさらに抽象化してその一致点を求め、両者の客観的に具体化され、かつ特定の形態的関連をもつて一体をなしているものを根本から無視しており、両者の具体的な構造に即しない、きわめて観念的な解釈であるといわなくてはならない。

実用新案出願公告昭二八―七七一六(登録第四一一四五三号)靴下綴金具(甲第二、第八号証)、同昭三一―七八二七(登録第四五〇二九七号)靴下止金具(甲第三、第六号証)、同昭三一―七八二八(登録第四五〇二九八号)靴下止金具(甲第四、第七号証)および同昭三四―六一五(登録第四九五二七七号)靴下束ね用止金具(甲第五、第九号証)は、いずれも既登録例に皆無のものであり、それぞれ出願公告および登録を経たものであるが、前記審決の判断の基準をもつてすれば、その初めの三例(甲第二、三、四号証)と本件引用例とは、「細長い金属薄鈑製であつて、下辺を平板状にし、下辺の端部を折曲げて下辺より突出させ、下辺と連続して上辺を連設したところの繊維製品挟止用金具」である点において一致し、特にその最後の例(甲第五号証)と引用例とは、「細長い金属薄鈑製であつて、下辺を平板状にし、下辺の端部を折曲げて下辺より突出させ、下辺と連続して弯曲した上辺を連設し、上辺の端部を下辺に向わせたところの繊維製品挟止用金具」である点において一致し、いずれも類似の構造としなければならないことになるが、これらの例示によつても、審決の判断の不当であることは、きわめて明らかである。

(二)  審決は本件考案の要旨とする構造と引用例の構造との相違点として、(イ)用途、(ロ)支点、(ハ)掛止部の三点を挙げているが、両者の相違点はこれのみにとどまらないことは、のちに主張するところであるばかりでなく、上記三個の相違点に関する判断も亦、次に述べるとおりすべて失当である。

(イ) まず用途の相違について、審決は「同じく繊維製品の挟止用である点において変りがない。」といつている。しかし、引用例のものは織物用であるのに、本考案のものは靴下用であつて、織物と靴下とは繊維製品であることに相違はないが、これは互に材料だけのことであつて、製品となつた場合に両者を同一にみるのは妥当でない。すなわち、織物はほとんど無視できる程度の復元性しかないのに、靴下は本質的に皮膚に密着するものであつて、復元性に富むはもちろん、挟止部分は通常伸縮材を織り込むか、またはゴム編みにするので、両者にはこの点において大差があり、同じ挟止用金具であつても、それに相応して異なつた考慮が払われるのが常識であるから、審決の右の判断は当らない。

(ロ) 審決は、また、支点の有無(むしろ位置)は格別作用効果に影響のない構造の微差である、と断じているが、これは完全にまちがつた解釈である。普通弯曲部分にかかる支点は、弯曲面が力学的に適当したものであれば、多数の支点に分散して存するものであるから、審決が本件考案のものについて、当然どこかに支点が存在しているといつて、あたかも支点が一カ所にだけ集中しているものであるかのようにいつていることは、妥当でない。それに、一点に集中された支点における内部応力と、多数の支点に分散され、かつ適当に配分および分布された内部応力とに対する材料力学上の差異は、ほとんど相反するものといえる。引用例のように支点のあるものは、その個所に内部応力が集中するため折損のおそれがあるが、それに反して本考案のように弯曲部(3)全体に支点がかかるものは、内部応力が均等に分布し、かつ場所場所に応じた耐圧力を有するように形成できるから、部分的に脆弱な個所が生ずるおそれがない。

(ハ) 審決は、さらに、引用例の掛止作用は本考案よりもさらに確実であるといつているが、これは両者の用途の相違と、構造上の差異からくる作用と効果とを少しも顧慮しない判断である。

引用例の織物と本考案の靴下とは、前記(イ)で検討したとおり、同じ繊維製品であつても相反する特異な性状を有するほか、上記(ロ)で説明した構造上の差異による内部応力と耐圧力との作用の相違と、後記(三)3、記載のような挟着の個所の相違とにより、それぞれに両者本来の用途に応ずるなら、掛止状態の確実度に優劣はない。しかし、引用例のものを本考案の用途にあてんか、中間部cの高さによつて金具の内奥はバカになり、挟着は両辺の先端においてのみ行われるから、靴下の束ね作用はおろか、靴下が摺動し、本質的には唯一個所の挟着と相まつて、靴下は傷けられ易いのである。

(三)  本考案の要旨とする構造と引用例の構造との間には、前記のほかにも次のように看過できない差異があり、原告は審判においてこれを主張したにかかわらず、審決がすべてこれらを否定したことは失当である。

1、引用例の形状は、本件考案に比し巾が一層広いのに反し、本件考案ははるかに狭い、と主張したのに対して、審決は「そのようなことは本質的な構造上の差異ではない。」としたのであるが、これは材料の強度などを全く度外視したものであつて、このことこそ本質的な構造上の差異をなすものであるから、この点を無視した上記の判断は不当である。

2、さらに、引用例の構造における中間部cの存在を主張したのに対して、審決は「両者の間に格別作用効果の異なる中間部の存在があるものとは認められない。」といつている。しかし、引用例第四図にわざわざd符号が入れてあるのは、ここに折曲部エツジが形成されていることを意味するものであつて、本考案のごとくなだらかに自然な形で弯曲しているものにくらべると、引用例のものには中間部が存在するものと解釈するのが至当である。

したがつて、引用例では折目dの位置に内部応力と内圧とが集中される傾向をもつから折損しがちであるのに、本考案では内部応力が弯曲部(3)全体にかかるため、部分的に脆弱な個所が生ずるおそれがないことは前に主張したとおりである。また、引用例のものは、区切れ、すなわち折目dから下辺aの間に中間部cが存在するため、弾力性のない織物であればよいかも知れないが、本考案の対象物のように弾力に富む靴下では、その内圧が中間部、上辺および折目といつたように区切り区切りに集中することになるので、本考案のように内圧分布が平均するものにくらべると、部分的に弱い欠点がある。

およそ機械に関する常識として、通常圧力の高い、例えば蒸気管その他圧力ガス用のボンベ等はすべてその受圧面が円形になつているのは、この円弧面に対する内圧分布が比較的均等化するからであつて、上記の理は、この平凡な事例によつても容易に納得することができる。審決の判断はこの点においても不当である。

3、さらに、本件考案の掛止片(1)のなす角度について、審決は「下辺から弯曲して上方に突出する部分が下辺となす角度であるが、この出願のものも当然鈍角をなしている。」というのみであるが、この判断は皮相的であつて、究明不足である。

すなわち、本考案のものと引用例のものとの力の作用部は下辺に対し、本考案は、鈍角で、上辺の自由端に応ずる受圧面を構成しているが、引用例のものは、それとは反対に鋭角となつて、上辺の自由端とにより相共に喰込みを行わせるように爪eが設けてある。前記審決の記載では、その鈍角がどう作用するのか全く不明である。

しかも、両者の作用および効果において、引用例のものは、第一、三図に折曲げた状態としての表示があるとおり(辺と織物との間に隙がある。)、下辺が織物と接触する位置は先端だけであり、上辺もまたそれと同様であるから、この両先端を結んだところに本質的な挟着の個所がある。これに対し、本考案では二辺が受圧面になつているから、靴下を傷めることなく、全体を咬持するのである。

したがつて、引用例のものは、挟着の度を強めれば強めるほど、その部分をちぎつたり、傷つけたりするおそれがあるのに、本考案のものは一層堅固に束ねることができる。

かように、両者はその作用および効果において大差を生ずるものである。

4、審決は、両者の支点の高さは本質的に変りがないとし、その理由として、本考案の上辺が下方に押し下げられた場合に弯曲せられる部分は当然下辺より上辺の点であるとしているが、これもまた誤つた解釈である。すなわち、

(イ) 弯曲率の度合の立場から、下方に鋭く、上方にゆるやかであれば、弯曲部分は当然下方にある。

(ロ) また、上辺に加えられる力の方向と位置からすれば、各種各様の弯曲が行える。

(ハ) さらに、機械的にか、あるいは器具を用いるかして弯曲させると、常に同一の位置において弯曲することができるし、下方にも上方にも限定することが容易である。

(ニ) まして、日本の靴下工業はほとんど大資本によることなく、多くは製造機械一〇台前後の家内工業であるから、女工が拇指の腹などで曲げ作業をすれば、弯曲部は下方となる。

(ホ) されば、本考案の止金具の曲げる前の弯曲部が、さきにも記述したように、全体に支点のゆきわたる弯曲率をもつていれば、適当の個所に力を加えることによつて、弯曲された後の弯曲部の状態は、上記弯曲率がより一層その弯曲の度合を強めたものとなつて現われる。すなわち全体的に弯曲できるものである。

5、審決は、また引用例のものにおけるf部の高さおよびその先端の爪eと本件考案のものにおける掛止片(1)とを比較して、「掛止片(1)の先端が高さを有している以上高さの点でも両者に相異は認められない。」といつているが、本考案の高さと引用例の高さとでは、前述したように受圧部の存在個所が異なるから、たとえ高さが同一であつても、その挟着状態は全く相反している。

6、審決は、結局「両者の作用効果の差異は両者の構造上の微差に起因する作用効果のわずかな差異である。」といつているが、すでに吟味したとおり、本考案と引用例とは細部の点から全体にいたるまですべて相違するものであるから、外形的考案における構造上の著差はもちろんとして、その作用および効果においても逕庭の差があるものである。

四  被告の主張に対して、

(一)  思うに、実用新案の類否判断の対象となるものは、両考案に存する観念ではなく、その観念を具体化した型にあるのであるから、たとえ両者が抽象的観念において一部が一致するとしても、すでに屡述したとおり、本件におけるがごとく、挟止装置を異にすることが明瞭で、しかもこの点が引用例の考案構成上欠くべからざる要素と認められる以上、本考案は前者の必須要件を欠くものに相当し、両者は全体として相違するばかりでなく、また本考案は引用例の考案要旨を包括するものではないといわなくてはならない。 したがつて、審決が両考案を考察するにあたり、まず引用例の構成要件とする爪部e、支点d、中間部cおよび部材fの諸点、なかんづく上記の中間部cおよび支点dを軽視したるにあらざれば、これを遺脱し、かつことさらに靴下と織物(織布または布地)とを繊維製品中に包括したのは、まさに具体化した型から全く遊離した抽象的観念を前提とするものであるから、その判断は不法である。

(二)  (イ)1、用途について、靴下は編物であつて織物にあらず。編物と織物とはひとしく繊維製品ではあるが、本来の性状を異にし、靴下が伸縮性と弾力性とに富むことは、とうてい織物の比ではない。

靴下束ね用止金具の挟止がいずれの部分に加えられるにしても、靴下は靴下、織物は織物であつて、その性質に前記のような本質的差異がある以上、かりに靴下束ね用止金具が爪先部分を挟止するにしても、それはあくまでも使用の個所の同一であるか否かを論ずるにとどまるのであつて、靴下と織物との本質的な相違を否定する理由にはならない。むしろ、この点に関する原告の主張は、靴下で通常挟止せられる部分は伸縮材料を織り込んだ部分であるから、引用例のものでは挟止の作用が適当に行われないとしたのであるが、さらに薄手の靴下や、被告のいう爪先の挟止部分はなお薄目であるから、引用例のものでは挟止の作用と効果とは望み得べくもない。されば、挟止部分によつて靴下と織物とを同一であるとする被告の主張は、明らかに争点を誤解している。

2、織物組織は、糸の種類がいかに変化しても、たて糸とよこ糸とを直交させてつくられているのに、編物は、一本の糸が多数の針に順次横方向からかけられて編み目を形成し、その編み目がつづり合わされたものであるから、織物は柔軟性、可動性、多孔性などを特徴とするのに反し、編物は多孔性および柔軟性のほか、一般に伸縮性の大きいことを特徴とする。

織物と編物(特に靴下)との性状は、ループ組織の有無により本質的に相違するから、織物に柔軟性があつても、それがために伸縮性を有するものとなすは当らない。被告のいう織物の伸縮性とは、なお織物の硬さ軟かさをいうものであつて、実は織物の硬軟性を意味するものとすれば、被告の考え方には編物の伸縮性と織物の硬軟性とを混同した誤謬がある。

しかも、本件の争点は、編物と織物との一般的な異同に関するものではなく、編物に属する靴下(編物の中でも特に伸縮性と柔軟性とに富んでいる。)と引用例における織物(織布または布地)とは、彼此考案の物品に対し、上記した性状の相違により、その構造や作用および効果にとうてい免れることのできない重大な差異を生ぜしめるものであるかどうかにある。してみると伸縮性と柔軟性と多孔性とを本質とする靴下に使用する束ね用止金具については、用途の特徴にともない、考案の目的、性質、作用、構造および効果に種々な制約と考慮とが払われることは当然であるし、そうした特徴を有しない織物の挟止金具とは、用途の相違によつて別途の工夫が加えられることも自然であるから、同じく繊維製品に使用する止金具であつても、その製品の一は織物であり、他は靴下であつて、本来の性状を異にする以上、止金具の両物品の構造、作用および効果において必然的に相違するにいたることは、み易い道理である。

この点において、被告が「止金具の使用対象物として編物と織物とは同等とみなして差支ない」としているのは、審決のとつた繊維製品という抽象的な観点から、原告の編物と織物という具体的な論点に接近したとはいえ、なお皮相な見解に執着するものであつて、本件の使用対象の物品に関して十分に理解した上での主張とは、とうてい認められない。

(ロ)1、支点について、被告は、「引用例のように、弯曲片と弯曲片とがほとんど滑らかな曲線を描いて接続されている場合には、その接続点である支点は、折れ曲げ点としての支点とはならず、この場合支点が一点であるという状態にはならない。」と主張するが、引用例の折目dは、第一図、第三図はもちろん、第四図にも明瞭に標記せられ、第一図の正面図である第二図および第四図の正面図である第五図にも、それに相当する横線が顕著に表示されていることによつても、該折目dには相当の角度があるものと認められる。してみると、被告が引用例の中間部材cと支点dとを看過して、「弯曲片と弯曲片とがほとんど滑らかな曲線を描いて接続されている場合」というがごときは、審決が説示した引用例の要旨にも即しない不当な判断である。引用例のものは、まさに「両者が角度をなして接続されている場合」に該当するので、「折目dを支点として、その支点の個所だけで折れ曲げが行われる」から、その折目dに無理がゆき、靴下または金具自体を損傷し易いことは理の当然である。

2、この点について、被告は前記のように「弯曲片と弯曲片とがほとんど滑らかな曲線を描いて」と主張したのは「弯曲片である上肢bと弯曲片である下肢aおよび中間部材cとがほとんど滑らかな曲線を描いて」の意味であると釈明するが、引用例第四図を仔細に検討すると、下肢aは直線であり、中間部cはやや弯曲しており、支点dからの上肢bは一層大きく弯曲しているので、aとbとcとはその弯曲度がそれぞれに相違しているから、上肢bが弯曲片であることは否めないとしても、下肢aまで弯曲片であるとし、もつて中間部材cまで弯曲片中に包含させるのは、構造の実際にも即していないし、審決の「下辺を平板状にし」とした認定にも反している。また第四図の支点dが角度をなしていることは、同図に該符号が標示されており、第五図にはその符号が欠如しているが、それに相当する直線が表出されているので、その符号と直線とによつて、支点dを構成していることは紛れもない事柄であるのに、被告がこれを「ほとんど滑らかに接続されている」とか、その「角度は非常に小であつて、あるいは幾何学的にいえば一八〇度に非常に近い」などというのは、第四図および第五図に示されている明確な構造を無視するものといわざるを得ない。

(ハ)1、引用例の掛止作用について、引用例の第一図における織物の挟着状態をみると、(イ)鎖線で示された上肢bと織物sとの間隙は、下肢aから鈍角で傾斜した方向に立ち上つている中間部cの基部にいたるほど織物sとの間隙が大となり、中間部c全体があそんでいるので、止金具全体によつて織物sが挟着されるものとは、とうてい認め得ないし、(ロ)右明細書の記述によると、中間部材cは、クランプが物品を掴むため上肢bが曲げられる際にその状態を保持するものであり、(ハ)しかもそののちの記載によると、肢bの支点が肢aの平面上かなりの高さtに配置されているばかりでなく、(ニ)掴持する物品sは、明細書中に、「かなりの厚さのあるもの」、「厚みの変化しないもの」、または「厚さの同じもの」と記載されているとおりのものであるから、それらの織物の用途にあてる引用例のものでは、上記(イ)ないし(ニ)の特殊な構造と作用と用途などの根本的な差異のため、靴下束ね用金具としては、とうてい満足すべきものでないことは明らかである。

まして、引用例における中間部cの高さは、右明細書中、「中間部材cの上端は下肢の平面上tの高さに配置される。」とか、「肢bの支点が肢aの平面上かなりの高さtに配置されている。」とか、「クランプの上肢の支部あるいはクランプの頂点が上下肢を連結する中間部材の介在によつて下肢の最低点より上に配置されている」と記載されているように、かなりの高さに配置されていることを原則とし、これをもつて引用例の構成要件とする以上は、かりに被告主張のごとく、中間部材cの高さは挟着されるべき織物の厚さによつて任意設計し得るとしても、前記(ニ)に摘示したとおり、織物の厚さに限度があるので、任意の設計も無制限に加えがたいから、靴下の束ね用止金具としては、かかる中間部材cは実際上無用の長物である。

2、本件実用新案の止金具は、被告の主張するように主として上下片で咬持するものではなく、また引用例の挟着も中間部材cと支点dとの特殊の存在と作用とによるものであつて、上下肢a、bが均等に織物を挟持するものではないから、被告が両者を目して挟着作用に変りがないなどと断定したことは、きわめて失当といわなくてはならない。引用例においては、支点が特別の意味を有し、挟着の際には支点だけで弯曲あるいは折れ曲げが行われるのである。

(三)  1、巾の広狭について、引用例のクランプはその明細書の記載によれば、「物品を掴持するために上肢bが曲げられる際に、中間部cがその状態を保持し支点としてのd上で上肢bが回転するような厚さに作られるのが好ましいのである」から、その回転を円滑に遂行させ、クランプの自由端の間の掴持を強固にするためには、これも同書に「下肢aは実質的に平らかである」というとおり、下肢aは平板に保持することが必要である。したがつて、例えば同書記載のごとく、その材質の剛性であることはもちろん、補強リブrを設けるかして、下肢aが内方に曲がる傾向を防止することは必然であり、また織物の特性からみても、引用例のクランプは巾を広くすることが全体を強固にするゆえんでもあるが、これに反して本件考案の物品は靴下を対象とし、単なる束ね作用を目的とするので、巾は狭いにこしたことはなく、またかなり狭くてもその用途を十分果すことができるものであるから、本件両物品における巾の広狭は、引用例の全図面と本件考案の図面とに徴し明瞭なとおり、構造上の本質的な差異を構成するものである。

そして、右の点は、たとえ本件実用新案の説明書にその記載を欠如しているとしても、その添附図面から当然判断されることであるから、これをもつて構造上の差異として判断の対象に参酌することは、差支ないものというべきである。

2、中間部cの存在について、引用例のものがたとえ中間部cと上肢bとが共に弯曲しているとしても、同じ強度であるとの明確な記載はなく、まして被告の主張するように「両者の接続個所がほとんど滑らかな曲線」であるというのは、すでに指摘したとおり、引用例の第一図の正面図である第二図および第四図の正面図である第五図において、両者の接続個所である支点dが、いわゆる滑らかな曲線をなすものであるならば、これに相当する横線などはとうてい記入する余地がないにかかわらず、両図においてはこの支点dに該当する部分にいずれも無符号の横線を明確に表記しているのであるから、かかる所論は当該図面に徴し明らかに不当である。しかも、引用明細書には第一図の構造の説明として「支点としてのd上で上肢bが回転するような厚さに作られるのが好ましい」とあり、また図面第四および第五の構造の説明として「上肢bは支点dの周りの閉鎖を生ずるように回転する」とあつて、これらの記述にかんがみるときは、上記の不当の前提に立つて本件実用新案と引用例とは、その作用においてほとんど変らないとする被告の主張は正当でない。

引用例において、上肢bを指頭で押圧すると上肢bが支点dにおいて回転することは、力学上からも肯定せられ得るので、引用例と本件実用新案とは、その作用の上においても全く相違するものである。

3、引用例のものは、すでに主張したとおり全体で織物を挟止してはおらず、したがつてこれを本考案の対象物たる靴下に使用すると、その挟止部分に無理がいつて、靴下を傷け易いというのが原告の主張であり、その本来の用途である織物についていつているのではない。

被告は、本件考案のものと引用例のものと、両者の転用等考える必要なく、類似と判断できるというが、両者はともに挟止用金具でありながら、構造および作用効果において劃然たる相違があるので、本考案品は織物に、引用例のものは靴下に彼此おきかえて実際に使用すれば、その作用効果の利害得失、便不便、優劣の差異など、一目もつて看取し得られるであろう。

4、弯曲の個所に関する被告の所論も、引用例のクランプの構造中、中間部材cと支点dとの存在およびその作用を顧慮しないものであつて、不当である。

第二被告の答弁

被告指定代理人は、主文どおりの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告の本件実用新案登録出願から本件抗告審判の審決がされ、その謄本が原告に送達されるまでの経過および右審決の内容が原告主張のとおりであることは認めるが、右審決を違法であるとする原告の主張は争う。

なお、原告は「本件考案による靴下止金具と引用例に記載された特許発明とは、構造、効果および作用を異にする。」と主張するが、本件審決は、本件靴下止金具と引用刊行物に容易に実施できる程度に記載された止金具とを比較して類否の判断を行つたのであり、引用刊行物に記載されている特許権の客体たる特許発明の請求範囲のみと本件実用新案の靴下止金具とを比較したものではないことは、いうまでもない。

二、審決引用の刊行物全体の記載からいかなるものが容易に実施できる程度に記載されているか、およびその容易に実施される程度に記載されたところの止金具と本件実用新案のものとがいかなる点で一致し、さらに全体としていかなる理由で類似するかについては、審決説示のとおりであるが、さらに原告の主張に対して次のとおり答える。

(一)  本件実用新案と引用例との間の一致点について、両者が審決認定のとおりの繊維製品挟止用金具である点において一致していることは、両者を比較すれば明らかなことである。

(二)  (イ)1、両者の用途の相違について、靴下も織物も繊維製品である点において変りがなく、また靴下止金具は必ずしも伸縮材料を織り込んだ部分を挟止するためにのみ用いられるのではなく、爪先部分を挟止するためにも用いられるのであることは明らかであり、このような観点からすれば、挟止の対象物として織物と靴下とは同等のものとみなすべきである。

2、編物にもいろいろと種類があつて、その種類にしたがいその伸縮性も大小さまざまであり、一方織物も同じく伸縮性に富むもの、あるいは乏しきもの種々雑多であつて、伸縮性の点では編物の一種と織物の一種とは同等であるということが当然実在し得ることである。したがつて、伸縮性の点においても、靴下と織物とが全然性状を異にするとはいい得ないところであり、止金具の使用対象物として編物と織物とは同等とみなして差支ないものである。

原告は、織物と編物との差異について、いろいろと述べているが、両者がたとえその構造あるいは組織を異にするとしても、同じように繊維製品として取り扱われていることは、世上一般の常識であるといわなくてはならない。

(ロ)1、支点の有無およびそれが一点に集中された場合と多数の支点に分散された場合との内部応力における差異について、引用例のものにおいても、挟止するために上肢が押圧される場合、必ずしも支点の個所のみにおいて曲げられるものでなく、弯曲した上肢そのものもその一部において弯曲度を深め、また中間部材も当然弯曲するものである。すなわち上肢と下肢の強度が異なつていたり、あるいは上肢と下肢が直線状であつて両者が角度をなして接続されている場合は折目を支点とし、その支点の個所だけで折れ曲げが行われるのであるが、引用例のように弯曲片と弯曲片とがほとんど滑らかな曲線を描いて接続されている場合には、その接続点である支点は折れ曲げ点としての支点とはならず、この場合支点が一点であるという状態にはならない。したがつて、構造、作用および効果上、引用例と本件実用新案との間には単なる微差があるに過ぎないものである。

2、前記において、被告が「下肢」と説明したのは下肢aおよび中間部材cを包含したものを指示したのであつて、また「弯曲片と弯曲片とがほとんど滑らかな曲線を描いて」と説明したのは、詳しくいえば「引用例のように弯曲片である上肢bと弯曲片である下肢bおよび中間部材cとがほとんど滑らかな曲線を描いて」の意味であり、このことは一応引用刊行物(乙第一号証)中の第四図を参照すれば明らかなところである。第四図にはなるほどdの符号があるが、図面から明らかなようにd点においてbとcとがなしている角度は非常に小であつて、あるいは幾何学的にいえば角度は一八〇度に非常に近いから、aとbとはほとんど滑らかに接続されているとみなしてよいのである。

(ハ)1、原告はさらに挟止作用について、「引用例のものを靴下用に供すると中間部cの高さによつて金具の内奥はバカになり、本質的には唯一個所の挟着と相まつて靴下は傷けられ易い。」との趣旨のことを述べているが、中間部cの高さは挟着されるべき織物の厚さによつて任意設計すべきことは当然であり、引用刊行物第一図に示されているように止金具全体によつて織物が挟着されるのは明らかなことであるから、原告の主張するような事実はないと信ぜられる。

2、原告は、引用例の第一図における挟着状態は、中間部材cと織物sとが接触していないから、止金具全体で織物sが挟着されているものとは認めにくい、と述べ、また、中間部材cの上端は下肢より上方に配置されていることが引用例の構成要件であるから、靴下の束ね用止金具としては、中間部材cは無用の長物である、と主張している。

しかし、被告が前項で「止金具全体によつて」としたのは、「主として上下肢abにより全体的に止金具によつて」の意味を記載したのであつて、止金具の挟着作用は主として上下肢によつて行われることは明らかである。この点本件実用新案のものが靴下を金具全体によつて咬持するといつても、それは当然弯曲部の最奥部が咬持の作用をするものではなく、主として上下片で咬持するのであるから、本件実用新案と引用例とは挟着作用に変りがあるとは認められない。次に引用例における中間部材Cの上端すなわち支点の位置が引用例の構成要件であるとしても、すでに述べたように、引用例においては支点が特別の意味をなさず、挟着の際に支点の点だけで弯曲あるいは折れ曲げが行われるものでない以上、本件実用新案と引用例とは構造上類似のものである。

(三)  両者のその他の構造上の差異について、

1、巾を広くするか狭くするかの程度は必要に応じて任意に選択する大いさであつて、本質的な構造上の差異ではないと信ずる。

物品の型として見た場合、引用例のものと本件実用新案のものとが巾を異にしていることは、本質的な構造上の差異とは認められない。なおこのことは本件実用新案の説明書中どこにも本件実用新案のものが特に巾の狭いものであることを説明してはなく、また巾が狭い場合の作用効果についても説明していないことからも明らかである。

2、引用例のものには中間部cがあるとしても、中間部cも弯曲しており、さらに上肢も弯曲していて、しかも両者は同じ強度であり、加えて両者の接続個所がほとんど滑らかな曲線であるのであるから、その接続点である支点に内部応力が集中するようなことはない。したがつて、引用例のものにおいては中間部cが一応存在するとしても、挟止操作を行う際には、支点においてだけ屈曲が行われるのではなく、上肢および中間部の各々が弯曲させられ、特に支点に内部応力が集中するようなことはないのである。本件実用新案と引用例とは、その作用においてほとんど変らないというべきである。

引用例のものにおいて、上肢bおよび中間部材cが同一強度であることは、引用刊行物から当然判断されることであり、両者の接触個所の滑らかさは、一応第四図を参照すれば明白である。また上肢bが支点の周りで回転するかどうかであるが、引用刊行物の支点の周りの回転の説明は引用例と異なる構造についてのものであつて、引用刊行物中には特に引用例について上肢の弯曲あるいは回転の説明がないとしても、技術者であれば、被告の主張したように、引用例のものでは特に支点の周りで上肢bが回転することがないことは当然判断できるものと信ずる。

3、原告はなお両者のなす咬持の作用について引用例の欠点を述べ、引用例と本件実用新案とは作用効果において大差があるといつているが、引用例のものも全体で織物に接して全体で織物を挟止していることは明らかであり、したがつて引用例のものが先端だけで織物を挟止するから織物の挟止部分をちぎるとか、あるいは傷つけたりするというような欠点はなく、引用例のものと本件実用新案とその作用効果において変りはない。

原告は、引用例のものを靴下に転用すれば靴下を傷つけ易い、と主張するが、二つの物品を比較する場合必ずしも一方を他方に転用した場合を考慮する必要はないのであつて、本件の場合も引用例のものを靴下に使用することを考える必要はない。織物と編物とが等しく繊維製品であり、引用例のものも本件実用新案も挟止用金具である場合、かつ引用例のものが公知の場合、本件実用新案のごとき靴下止金具を当業者がなんらの工夫を要しないで考えられるものであれば、両者の転用等を考える必要がなく、両者は類似と判断できるのである。

4、原告は、本件実用新案にはいろいろな弯曲が考えられ、結局弯曲された後は弯曲率の度合が強められた状態になる、との趣旨を述べているが、いろいろな弯曲も、すべてにおいて、その弯曲する個所は下肢より上方に位置する部分であることはまちがいなく、この点について審決にはなんらの誤りはない。また引用例のものも弯曲される場合本件実用新案と同じくいろいろな弯曲が考えられ、弯曲の点においても本件実用新案と引用例とは格別変りがあるとは認められない。

三、結局、本件実用新案の構造と引用例のそれとは、全体としてはもちろん、細部の点を検討しても、前者の後者に類似することは明らかである。したがつて、本件実用新案は、その登録出願前国内に頒布された審決引用の刊行物に容易に実施することを得べき程度に記載されたものに類似するものであつて、旧実用新案法第三条第二号に該当し、同法第一条の登録要件を具備しないものであるというべく、本件審決は相当であるといわなくてはならない。

第三証拠<省略>

理由

一、原告がその主張のとおり「靴下止金具」(成立に争のない甲第一号証の全文訂正説明書の記載によれば、右名称はのちに「靴下束ね用止金具」と改められたことが明らかである。)なる考案について実用新案登録出願(昭和二七年実用新案登録願第一三六〇五号)をしたところ、拒絶査定を受け、抗告審判(昭和二九年抗告審判第六七五号)においてもその請求は成り立たない、との審決がなされたが、東京高等裁判所昭和三一年(行ナ)第八号審決取消訴訟において右審決を取り消す旨の判決が言い渡されたこと、しかるに特許庁は昭和三三年一〇月二一日に前審決と異なる理由をもつて、再度前記抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、同年一一月八日その謄本が原告に送達されたこと、ならびにその審決の内容は原告主張のとおりであつて、結局本件出願の考案の要旨とする構造は昭和一〇年一二月三日に特許局陳列館に受け入れられた英国特許第四三三五一一号明細書中、クレーム四によつて表現されクレーム一を限定した実施例の構造(以下引用例の構造とよぶ。)と全体として類似するから、旧実用新案法第三条第二号に該当し、本件出願は同法第一条の登録要件を具備しない、としたものであることについては、当事者間に争がない。

二、(一) そこで、本件出願にかゝる実用新案の考案の要旨をみるのに、成立に争のない甲第一号証(昭和三三年九月八日差出の全文訂正証明書および添附図面)の記載によれば、その考案の要旨は、別紙図面に示すごとく、「金属製の薄鈑を細長く断截して、釣針型に彎曲(3)させた一端を、やや内方に折曲げて掛止片(1)を形成させるとともに、押圧された際他端(4)が掛止片(1)の基部(2)に接触するごとくなした靴下束ね用止金具の構造」にあること、そして、本件考案の右靴下束ね用止金具を使用するには、彎曲部(3)に一足の靴下(5)をはめこみ、掛止片(1)を靴下(5)に通してこれを掛止めたのち、指先で該金具の両面を押圧するのであり、そうするとこの金具の他端(4)は掛止片(1)の基部(2)において靴下(5)を強く押えつけ、該金具全体によつてその靴下を咬持するものであること、この場合、靴下(5)は彎曲片(3)のふくらみ中にだきこまれ、しかもこの彎曲部(3)は靴下の反撥力を緩和しながら、該片の先端に加えられる指頭の押圧力により靴下を咬持するばかりでなく、他片の掛止片(1)は靴下への突込みと喰込みとの作用を強化するので、喰込みの方向とは反対の方向に働く力に対しては、該片の咬持力は一層大となるから、靴下の一方を持つてもたやすく脱離するおそれがなく、しかも構造きわめて簡単で、着脱の作用も操作もすこぶる容易である等の作用および効果をもつものであることを認めることができる。

(二) ひるがえつて、前記引用例の構造をみるのに、成立に争のない乙第一号証(英国特許第四三三五一一号明細書および添付図面)によれば、次の事実を認めることができる。

すなわち、審決の引用した右英国特許明細書は、「非弾性で可撓性の金属製クランプの形に作られたところの止金具、特に繊維製品の止金具」の発明に関するものであり、別紙図面は本発明を実施する三種の構造を例示し、第一図は第一の構造の断面側面図、第二図は第一図に対応する正面図、第三図は第二の構造の断面側面図、第四図は第三の構造の断面側面図、第五図は第四図に対応する正面図である。

そして、クレーム一として、「特に繊維製品のための非弾性の可撓性のクランプであつて、緊締されるべき物品中に咬みこむところのクランプの開口内に突出する突起あるいは爪を有する下肢を有し、そして物品を掴むように後端の周りに曲げられるようになつた上肢を有しているものであつて、クランプの上肢の支点あるいはクランプの頂点が上下肢を連結する中間部材の介在によつて下肢の最低点より上に配置されていることを特徴とするもの」と記載され、またその四として、「特に繊維製品のための可撓性クランプであり、クレーム一によるものであつて、さらに上下肢を連結する中間部材および下肢の自由端が彎曲させられていることを特徴とするもの」と記載されている。

本件引用例は、右クレーム四によつて表現されクレーム一を限定した実施例の構造である。そして右引用例の構造は、前記クレームその他右明細書の記載および添付図面をあわせみれば、「金属製の薄鈑を細長く断截して作つた平板状の下肢aと彎曲した上肢bとより成り、下肢aと上肢bの端部は中間部材cによつて連結され、この中間部材cは下肢aから連続的に彎曲して上方に立ち上つていて、その上端dは下肢a上に置かれた物品を掴むために上肢bがその周りで曲げられるところの支点dを形成するものであり、下肢aの前端には部片fが鈍角で上方に曲げられて設けられ、さらに部片fの端部には直角に曲げられた爪片eが設けられ、かつ物品を咬持する際には押圧された上肢bの先端が部片fの基部の方向に向くように形成されたところの非弾性で曲げることのできる金属薄鈑を細長く断截して釣針型に彎曲させた織物製品のための止金具」(すなわち図面においては第四図、第五図の構造から補強リブrを取り除いた構造に相当する。)であることが明らかであり、その作用および効果としては、「かなりの厚さのある物品Sが上下肢aおよびbの間に置かれ、次に上肢bは下方へ曲げられ、同時にその前端がわずかに左方に動くように幾分引張られるが、物品Sは幾分圧縮され、そしてクランプの自由端の間に非常にしつかりと掴まれる。上肢bの支点dが下肢aの平面上かなりの高さtに配置されていることにより、物品はクランプの自由端の間に非常にしつかりと掴まれ、そして従来品のように掴まれた部品が上肢bを押し上げてクランプを開くような傾向はない。爪片eおよび部片fの形状のためにクランプから物品を引き出し、または逆に物品からクランプが外れることが困難になつている。上肢bの前方部分は部片fに対してほとんど直角に延び、部片fは緊締作用を改善している。」と右明細書に記載されていることが、右引用例の構造にも妥当する。

以上のとおり認められ、そして右英国特許明細書が本件登録出願前国内に頒布された刊行物であることは、前記乙第一号証に、昭和一〇年一二月三日特許局陳列館受入の印が押されていることによつて、明らかである。

三、そこで、進んで、本件出願の実用新案の考案要旨と前記引用例の構造とを比較して、本件出願実用新案の新規性の有無について考える。

(一)  まず、両者は、「金属薄鈑を細長く断截して釣針状に彎曲させた繊維製品挾止用の止金具において、下肢を平板状となし、下肢の端部をやや内方に折曲げて掛止め用の部片を形成させ、下肢と連続して彎曲した上肢を連設し、押圧された上肢の先端が前記掛止め用部片の基部の方に向くように形成した点」で互に一致し、たゞ次の三点において相違することが認められる。すなわち、

(イ)  用途において、前者は編物製品である靴下に用いられる挾止金具であるのに対し、後者は織物用の挾止金具であること、

(ロ)  前者は彎曲した上肢と平板状の下肢とを彎曲部(3)を介して連続的に連結したのに対して、後者においては、彎曲した上肢と平板状の下肢とを、その上端に支点dをもつた中間部材cを介して連結していること、

(ハ)  前者は下肢の端部に掛止片(1)を単に下肢から折り曲げて突出形成させたのに対して、後者においては、下肢の端部に部片fとそれに直角に折り曲げた爪片eとより成る掛止め用部片を、下肢から折り曲げて突出形成させたこと、

以上の三点において相違するのである。

(二)  右各相違点について考えてみるのに、

(イ)  用途の相違について、靴下も織物もともに繊維製品であつて、その間に原告の主張するように復元性、伸縮性等につき多少の差異があるにしても、それは程度の差であるに過ぎず、両者のひとしく繊維製品である本質に影響があるものとは認められない。したがつて繊維製品用の挾止金具である本件考案と引用例との各物品の使用対象として、両者を同等にみなして差支ないものというべきである。(なお、使用対象の右の程度の差異に応じて止金具の構造に後記程度の変更を加えることにつき、格別の考案力を要するものと認められないことは、のちに認定するとおりである。)

(ロ)  支点および中間部材の存否について、引用例の止金具のように支点dのあるものは、物品を挾止するために上肢bがその周りで曲げられるため、その個所に内部応力が集中して掛かるので、この折り曲げが反覆して繰返されるときには、部分的に脆弱な個所が生じ、折損するおそれがあり、これに反し本件考案におけるように、特に支点を設けないものは、彎曲部(3)全体に内部応力が分散されて掛かるため、部分的に脆弱な個所が生ずるおそれがないことは、原告の主張するとおりである。しかし、元来この種の挾止金具は、その使用回数はほとんど一回に限られ、反覆されないのが実情であることは、顕著な事実であるから、前記の支点の有無による内部圧力の集中または分散による作用および効果の相違は、この種の挾止金具にあつては、ほとんど問題とするに足りないほど、小さいものというべく、したがつて、両者間の支点の有無は、格別作用効果に影響のない構造上の微差と認めるのが相当である。

また、中間部材cの有無による相違についても、引用例の止金具においては、支点dから下肢aにいたる間に中間部材cがあるため、内圧が中間部材c、上肢bおよび支点dにおいて区切り区切りに集中することになり、本件考案におけるように、上肢と下肢とが彎曲部(3)を介して連続的に連結していて、内圧分布がそのため平均しているものに比べて、部分的に弱い欠点があることが一応認められるが、前記のように使用回数がほとんど一回に限られるこの種の挾止金具においては、この相違による作用および効果の差異はほとんど問題とするに足りないものと認められ、したがつて、両者間の中間部材をそなえているか、いないかの相違も、格別作用効果に影響のない構造上の微差に過ぎないものといわなくてはならない。

(ハ)  掛止作用について、引用例においては織物に対する掛止を十分なものとするために、特に爪片eを部片fの端部に形成して、爪片eと部片fとによつて掛止め用部片を構成したもので、本件考案の掛止片(1)に比べれば、その作用がさらに確実なものと認むべきである。ところで、特別な作用効果を必要とするために特に設けられたものを、その必要の認められないときに取り除くことは、技術者ならば当然考えられる程度のことといわなくてはならないから、本件考案の止金具にはそれほどの必要がないとして、引用例における爪片eを取り除いて、掛止片(1)のみとしたことについて、特別の考案の存在を認めることはできない。

なお、原告は、引用例のものを靴下用に供すると、中間部cの高さによつて金具の内奥はバカになり、挾着は両辺の先頭においてのみ行われるから、靴下の束ね作用はおろか、本質的には唯一個所の挾着と相まつて、靴下は傷けられ易い、とも主張するが、中間部材cの高さは挾着されるべき物品の厚さによつて任意設計さるべきは当然であり、引用例のものにおいても、第一図に示すように、物品は止金全体によつて挾着されることは明らかであるから、原告の右の主張も当らない。

これを要するに、前記各相違点にかゝわらず、本件考案の止金具の構造は、引用例の構造に比し、格別の考案の存在が認められないので、両者は全体として構造が類似し、作用効果の上にも顕著な差異がないから、前者は後者に類似するものといわなくてはならない。

四、原告は、本件考案の止金具と引用例のそれとの間には、上記以外にも相違点があると主張する。

1、まず巾の広狭について、原告は、引用例のものは下肢aを平板状に保持することが必要であるから、そのため補強リブrを設けて下肢の内方に曲がる傾向を防止するとともに、巾を広くすることが全体を強固にするゆえんであるが、本件実用新案においては、巾は狭いにこしたことがなく、かなり狭くてもその用途を十分果すものであるから、両者における巾の広狭は構造上の本質的な差異を構成すると主張するが、巾を広くするか狭くするかの程度は、必要に応じ任意に選択できることであつて、本質的な構造上の差異と認めることはできない。しかもも、この特に巾の狭いことは、前記甲第一号証の本件実用新案の説明書中どこにも記載してなく、巾が狭いための作用効果についても、なんらの説明がなされていないので、これをもつて本件実用新案の構成要件であるとする、原告の前記主張は採用することができない。

2、原告は、さらに、引用例のものは下辺が織物と接触する位置は先端だけで、上辺もまたそれと同様であるからら、この両先端を結んだところに本質的な挾着の個所があり、これに対し本考案では二辺が受圧面になつているから、靴下を傷めることなく全体で咬持する、と主張するが、引用例のものも、その全体で織物を挾止していることは、前示乙第一号証の明細書添附第一図によつて明らかであるから、引用例のものも本件考案のものも、この点において別段の差異のあるものとは認め難い。

その他原告の種々主張する点は、前示認定にそわないものであつて、採用することができず、本件考案と引用例との構造上の差異は、その使用対象その他必要に応じて当事者の容易に想いつくことのできる程度のものであつて、両構造は類似の域をまぬかれないものと認めるのが相当である。これについて原告の主張する他の登録例の事例も、もつて前示判断をくつがえすに足りない。

五、本件実用新案は、その登録出願前国内に頒布された刊行物である前記英国特許明細書に容易に実施することを得べき程度に記載されているものに類似し、その登録は旧実用新案法第一条の要件を欠くので、許すことのできないものというべく、本件審決にはこれを取り消すべきなんらの違法の点を見出すことができない。

よつて、その取消を求める原告の請求は理由のないものとして、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

説明図(全文訂正)(昭和三三年九月八日差出)添付図面

図面の略解

第一図は本考案靴下束ね用金具の側面図、第二図はその平面図、第三図はその斜面図、第四図は該金具を押圧した側面図、第五図はその平面図、第六図は靴下を咬持した一部切欠平面図である。

第一図<省略>

第二図<省略>

第三図<省略>

第四図<省略>

第五図<省略>

第六図<省略>

引用英国特許明細書添付図面<省略>

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